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ういろう

生活

先日知人にお土産で名古屋のういろうをいただいた。

ういろうってどんな漢字なんだ?と思って調べてみると。。。

江戸時代、小田原名産の去痰(きょたん)の丸薬。元(げん)の礼部(れいほう)員外郎(いんがいろう)陳宗敬が日本に帰化し、博多で創製。その子孫が京都西洞院(にしのとういん)に住んで透頂香(とうちんこう)と称して売り出し、のち小田原に伝わったもの。ういろうぐすり。

米の粉に黒砂糖などをまぜて蒸した菓子。名古屋・山口・小田原などの名物。ういろうもち。商標。

となっていました。

わたしは「ういろう」という薬があることさえ知らなかった。

お菓子の「ういろう」の起源を見てみると、

江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にも見られる、色(黒色)が外郎薬(透頂香:とうちんこう)に似ていることから「外郎(ういろう)」と呼ばれる菓子になったという説と、当時の中国から博多に亡命した陳宗敬の子、宗奇が足利義満の招請で上洛して外郎薬を献上した際に、口直しに添えた菓子に由来する説。

この2つがあります。

やっと「ういろう」が「外郎」と書くことがわかりました。

お菓子のういろうは全国にあり小田原市、名古屋市、京都市 、山口市のものが比較的知名度が高いようです。

小田原?ということで、もう少し調べてみると

本舗ういろう外郎薬を製造する小田原外郎家は、外郎家(京都外郎家)の分家として1504年(永正元年)に成立した。家祖は宇野定治(定春)で、本家四代目の祖田の子とされる。以後、京都の本家とともに外郎薬の製造を代々行ってきたが、江戸時代の元禄年間頃に本家が衰亡した後は、小田原外郎家が独占的に外郎薬を製造するようになり、現在に至っている。ういろうは京都の本家二代目の宗奇が考案し、外郎薬とともに製法が代々伝えられたとの伝承がある。

明治時代にういろうの販売を開始した。薬売が日本全国で売り歩き人気となったため、評判となった小田原ういろうは「お菓子のういろう」と呼ばれるようになったとされる。現在は、「白・茶・小豆・黒」と「栗ういろう」があり、他に「ういろう羊羹」、「ういろうモナカ」、「ういろう飴」なども製造販売している。

小田原外郎家は元々薬屋であったため、ういろうに付いてくる説明書きには、胃腸の弱い方、病後の方、成長期のお子様、ご産婦なども安心して食べられる「栄養菓子」と記載されている。なお小田原城近くの本舗(本店)は、和菓子店や薬局として営業している他、1885年(明治18年)の蔵を利用した小規模の博物館を併設している。

なるほど、これを読むと「ういろう」の起源は2つのうち後者のほうが信憑性があるようにも思えますね。

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